帝王切開の話④お花畑と激痛の間。スパルタ合宿の幕開け♡
いろいろあったものの逆子で予定帝王切開のはずが、入院中に破水し緊急帝王切開で一人目の娘を産んだ私。今回は術後の話を書いていきます。
ここから先、入院生活はノートに残してあったような…と思ったので、寝室を掘り返してみました。
あったあった!!
このノートを読み返しながら、ちょっと遡って手術前日あたりから、その後の入院生活(あれは合宿と言っていいです。しかもビリーズブートキャンプも真っ青な超強烈な合宿!!)について振り返りたいと思います。
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前日の日記。4ページに渡って、帝王切開終了までがちまちま書いてありました。
ある時点までは暇だったんですね余裕があったんですね…
硬くて回れないんじゃなくて単角子宮で狭いから回れなかったんですよ!
右のあばらの下が確かに張っていて、右上から左下にレモン形に張っていた記憶があります。
まさに第二子妊活での通水検査のエコーで見た単角子宮の雰囲気そのまんまでした…
そして注目は
「明日は痛みで大変なので今日はゆっくり休んでね」と先生に言われる
です。
ドキドキ♡ じゃないですよ私。ホントに。
娘誕生後から、いきなりノートの記載が箇条書きになりました。
これが当日。この後、退院まで1日1ページの箇条書きが続いています*1。
当日の後半、読んでてちょっと気の毒ですね。
なんかあまりに痛そうで読んでてお腹が張ってきます。
そう。
帝王切開は、麻酔が切れた後、麻酔で失われた何かを取り返すかのように痛いんです*2
痛みが一つじゃないんですよね…
- 傷の痛み(腹筋切れてるので腹筋動かすと激痛)
- 後陣痛(子宮収縮が何かの呪いのように痛かったです)
- ガスが溜まったのに出ない腹痛(なんなの?ただでさえ痛いのにもはやこれ拷問なの?)
もうお腹が全体的に大炎上。
そして、帝王切開後って丸一日絶飲食なんです…
点滴入れているので水分や栄養は大丈夫なんですが、そういう問題じゃない。
熱があって苦しいのに口に水を含めない、というのがかなりきつかったです…
※その代わり、絶飲食明けた後の重湯とプリン…♡
あの時食べたプッチンプリンが人生でいちばん美味しい食べ物だったと確信しています
母業の通過儀礼がまさかこんな激痛祭だと思いませんでした…
ちなみにこの祭のピークは当日夜間で、その後は、だいぶロキソニンでなんとかなります。
あと、私は緊急帝王切開で硬膜外麻酔をできなかったので、硬膜外麻酔があればだいぶ楽なのかも。
(硬膜外麻酔の併用は未経験なのでわかりませんが…)
とにかく当日の夜は一晩中うなされてました…
そして手術翌日からは、痛かろうとなんだろうと、血栓防止のために、ベッドから立ち上がって動かなければなりません。
私の全ての面倒を見ていた管たちよさようなら…
残されたのは血栓防止の点滴のみ。うう。
トイレや授乳などで起き上がらなければいけないのはどうにもならないんですが、
ちょっとしたことで起き上がるのはできるだけ避けたい。くらい痛い。
この時役に立ったのは、ペットボトル用ストローでした。
これホントおすすめです。これのおかげで、寝たまま水分補給ができました!!!
あと、私が入院していた病院は母乳育児推奨だったので、合宿は術後の痛みとの戦いだけではありませんでした。
母乳を出す戦い、夜間授乳との戦い。
私は最終的に退院の時になんとかギリギリ完母までもっていけたのでラッキーだったのですが、出るようになるまでが大変でした…
授乳がホント苦痛で、痛い。
涙をこらえながらマッサージしたり、娘に吸わせたり…
そして夜中も数時間おきに容赦なく起こされる*3。
血豆ができてしまった乳首にピュアレーンという軟膏を塗りながら、何とか耐えました。
げ、現実ってこんなに過酷なのね…!!!
入院中はそんな感じで白目むいてました。
でも、それはそれとして、生まれてきた子供はめちゃくちゃかわいい!!!
しわくちゃの猿顔(そして夫の完コピ)なのに、めっちゃくちゃかわいいんです。
産んだ後の気持ちの上がりっぷり、子供の可愛さは大変なもので、
そのバランスとの間で激痛祭もその後の合宿もなんとか耐えました…
入院中に他のエピソードもあるんですが、長くなってきたのでいったんこの辺りにします!
その後、エコノミークラス症候群の疑いをかけられ熱々のお祝い膳を逃した話…
※二人目も帝王切開で無事出産しました。レポはこちらです。